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前回の復習

世界にその存在感を示した日本が次に迎えるのが、大正天皇が位につかれていた約15年間「大正時代」です。
大正時代のポイントは、世界を巻き込んだ未曾有の大戦である「第一次世界大戦」と、それと連動するように国内で巻き起こる民主主義(民衆が主役の政治)の嵐「大正デモクラシー」の二つ。
明治や昭和に挟まれた「短くて地味な時代」と思われがちですが、中学入試における出題濃度は極めて高い最重要単元です。
- 世界の景気の変化が、日本の社会や人々の暮らしをどう変えたか?(大戦景気と米騒動の因果関係)
- 同じ年に作られた、一見バラバラに見える法律や仕組みのセット(普通選挙法と治安維持法など)
といった、「歴史の因果関係(なぜそうなったのか)」を突く問題が、記述や選択肢で超高確率で狙われます。
言葉を丸暗記するだけでは、ひねった問題が出た途端にポロポロと失点してしまうのがこの大正時代。
しかし、裏を返せば「原因と結果」を一本の線でつなげて理解してしまえば、これほどスッキリ得点できる単元はありません。
この記事では、複雑に絡み合う大正時代の出来事をプロの視点でわかりやすく整理し、テストで確実に合格点を取るための実戦的な力を養っていきます。
モコスタ責任者
小暮 真也

大学卒業後、大手進学塾にて25年以上にわたり中学・高校受験指導に従事。
圧倒的な指導実績と、海外7カ国での帰国生入試対策という独自のキャリアを持つ、受験対策のスペシャリスト。
主な実績・経歴
難関校合格実績: 男女御三家、早慶付属中高など、超難関校への合格者を多数輩出。
グローバル指導: 海外7カ国にて駐在員子女を対象とした帰国生入試指導を歴任。
キャリア: 25年以上の指導歴で培ったノウハウを「モコスタ」に全投入し、受験生を第一志望校合格へと導く。
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第一次世界大戦と日本の参戦

1914年、ヨーロッパを主な舞台として、世界中を巻き込む未曾有の大戦争―「第一次世界大戦」が勃発しました。
この世界規模の戦いに、遠く離れたアジアの日本が「なぜ、どのように関わっていったのか」を、入試に直結する3つのポイントで整理していきましょう。
1914年:大戦の始まりと日本の参戦理由
オーストリアの皇太子夫妻が暗殺されたサラエボ事件をきっかけに、ヨーロッパで戦火が上がりました。
戦いは、イギリス・フランス・ロシアなどの「連合国)」と、ドイツ・オーストリアなどの「同盟国」の2つのグループに分かれて行われました。
日本はこの時、1902年に結んでいた日英同盟を大義名分にして、イギリス側の連合国として参戦することを決めます。
しかし、本当の狙いはヨーロッパでの戦いではなく、ドイツがアジア(中国の山東半島など)に持っていた権益(権利や利益)を奪い取ることにありました。
二十一ヶ条の要求(1915年)
ヨーロッパの国々が自分の国の戦争で手一杯になり、アジアの動きに目を光らせていない隙を突き、日本は一気に行動を起こします。
1915年、日本は中国の袁世凱(えんせいがい)政権に対し、ドイツが持っていた山東省の権利を日本に譲ることや、満州での権益を延長することなどを認めるよう迫りました。
これを「二十一ヶ条の要求」といいます。
中国側の激しい抵抗や国際的な批判を受けながらも、日本は軍事力を背景にその大半を認めさせました。
ベルサイユ条約(1919年)と国際連盟(1920年)
足かけ5年に及んだ大戦は、日本が味方した連合国側の勝利で幕を閉じます。
戦後の世界ルールを決めるため、1919年にフランスでパリ講和会議が開かれ、「ベルサイユ条約」が結ばれました。
この条約によって、日本は狙い通り中国の山東省におけるドイツの利権や、赤道以北の南洋諸島の統治権を引き継ぐことを世界に認めさせました。
さらに翌1920年、アメリカのウィルソン大統領の提唱によって、世界平和を守るための史上初の国際組織である「国際連盟」が発足します。
- 「日英同盟」
入試の選択肢問題では「日本は日米修好通商条約を理由に参戦した」「日露同盟を理由に参戦した」といった、もっともらしいウソの選択肢がよく作られます。参戦の理由はあくまで「日英同盟」です。一字一句正確に覚えておきましょう。 - 「二十一ヶ条の要求」の相手
要求を突きつけた相手は「清(しん)」ではありません。清は1911年の辛亥革命ですでに滅びています。相手は「中国(袁世凱政権)」です。時代の移り変わりを意識して、前後の単元とごちゃ混ぜにならないように区別してください。
「成金」の登場と「米騒動」:大戦景気の光と影

第一次世界大戦は、日本国内の経済と人々の暮らしを180度激変させました。
入試では、好景気という「光」の側面と、それによって引き起こされた物価高・暴動という「影」の側面を、「原因と結果のつながり」として説明させる問題が非常によく出題されます。
世界中から注文が殺到した「大戦景気」
日本が直接大きな戦場にならなかった第一次世界大戦中、日本の経済は空前絶後の大ブームを迎えます。
これを「大戦景気」と呼びます。
- なぜ景気が良くなったのか?
主戦場となったヨーロッパの国々は、自分の国の戦争に必死で工場を動かす余裕がありませんでした。そのため、これまでヨーロッパが作っていた製品(綿織物などの繊維製品)や、戦争に使う船の注文が、アジアやアメリカから日本へ一斉に殺到したのです。 - 「債権国」への変身
それまで日本は、日清・日露戦争の費用などで海外にたくさんの借金がある「債務国」でした。しかし、この大戦景気で稼ぎに稼いだ結果、逆に海外へお金を貸す側の「債権国」へと劇的なレベルアップを果たしました。
テストや入試の史料問題で100%見かけるのが、風刺画家・和田邦坊が描いた「どうだ明るくなったろう」という絵です。暗い玄関で靴を探す女中(お手伝いさん)のために、成金が「百円札(現在の価値で数十万円相当)に火をつけて明かり代わりにする」という、当時の調子に乗った金持ちを皮肉った有名なイラストです。
- 記述のポイント:「この絵が描かれた背景にある経済状況を説明せよ」と問われたら、「第一次世界大戦による大戦景気で、急激に富を築いた成金が登場した」と答えられるようにしておきましょう。
シベリア出兵と「米騒動」(1918年)
世間が好景気に沸く一方で、普通に暮らす一般庶民の生活には、恐ろしい「影」が忍び寄っていました。
景気が良すぎるために世の中のモノの値段(物価)がどんどん上がり、庶民の給料が追いつかなくなっていたのです。そこへトドメを刺す事件が起こります。
- シベリア出兵と米の買い占め
1917年にロシアで世界初の社会主義革命(ロシア革命)が起きると、日本や欧米諸国はこれを抑え込もうと、ロシアのシベリアへ軍隊を送ることを決めました(シベリア出兵)。 これを聞いた悪徳な米商人たちは、「軍隊が大量のコメを買うから、これからコメの値段が絶対に跳ね上がるぞ!」と見越し、市場のコメを強引に買い占めて売り渋りました。 - お米の値段が急騰、そして主婦たちが立ち上がった
商人たちの買い占めにより、庶民が毎日食べるお米の値段は一気に数倍へと跳ね上がりました。「このままでは家族が餓死してしまう!」と、ついに限界を迎えた民衆の怒りが爆発します。 1918年、富山県の海岸沿いの漁村(魚津など)の主婦たちが、「コメを安く売れ!」「県外へコメを運び出すな!」と米屋に詰め寄る集団行動を起こしました。これが「米騒動」の始まりです。
この主婦たちのニュースは新聞で全国に瞬く間に広がり、またたく間に全国の主要都市へと飛び火。
労働者や市民が米屋や警察を襲う大暴動へと発展し、政府は軍隊を出動させて鎮圧する事態となりました。
当時の寺内正毅内閣は、この大混乱の責任を取って退陣へと追い込まれることになります。
大正デモクラシーと政党政治の幕開け

米騒動によって民衆のパワーが政府を動かしたこの時代、政治や思想の世界にも大きな変化が訪れます。
国民の間で「自分たちの意見を政治に反映させよう」という民主主義的な運動や風潮が高まりました。
これを「大正デモクラシー」と呼びます。
入試では、この動きをリードした「総理大臣」と「2人の学者」の組み合わせが超定番の出題ゾーンです。
平民宰相の誕生:原敬内閣
米騒動の責任を取って寺内正毅内閣が倒れた後、1918年に日本の政治史上初となる本格的な政党内閣が誕生しました。
組織した総理大臣の名前は原敬です。
原敬が「本格的な政党内閣」と呼ばれる理由は、彼自身が衆議院の第一党(立憲政友会)の党首であり、陸軍・海軍・外務大臣以外のほとんどの大臣を同じ党の国会議員で固めたためです。
原敬は、それまでの総理大臣たちのように華族(元公家や大名、明治の功労者など)の爵位(男爵や伯爵など)を持っていませんでした。そのため、国民からは親しみを込めて「平民宰相」と呼ばれ、大歓迎されました。
- 記述対策:「なぜ原敬は平民宰相と呼ばれたのか」と聞かれたら、「爵位を持たない衆議院の第一党の党首(平民出身)だったから」と言語化できるようにしておきましょう。
民主主義を支えた2人の学者
大正デモクラシーの理論的な支えとなったのが、大学の2人の先生の思想です。
入試の選択肢問題では、この2人の名前と主張をわざと入れ替えた引っ掛け問題が多発します。
絶対にここで区別を完了させてください。
① 吉野作造 =「民本主義」
東京帝国大学(現在の東京大学)の教授だった吉野作造は、「民本主義」を唱えて大正デモクラシーの火付け役となりました。
- 主張の内容:当時の大日本帝国憲法では、国の主権(一番偉い権力)は天皇にあると決められていました。そこで吉野は、「主権は天皇にあっても良いが、政治を行う上では国民の意見をしっかりと聞き、国民の利益を最優先にするべきだ」と主張しました。これが民本主義です。
② 美濃部達吉 =「天皇機関説」
同じく東京帝国大学の教授だった美濃部達吉が唱えた、憲法の解釈に関する学説です。
- 主張の内容:天皇は神様のような絶対的な存在ではなく、「国家」という一つの大きな法人(組織・機関)の中において、最高位にある重要なパーツ(機関)であるという考え方です。この学説により、「天皇が何でも一人で決めるのではなく、国民が選んだ国会や内閣のルールに従って政治を行うのが正しい」という政党政治の正当性が認められるようになりました。
民衆の支持を集めてスタートした政党政治ですが、ここから時代は「選挙権」をめぐる最大のターニングポイントへと突入します。
1925年:2つの法律は「セット」で覚える
大正時代の全単元の中で、中学入試の出題率が最も高い「最大の山場」がここです。
1925年、日本の選挙の仕組みと社会のあり方を大きく変える2つの法律が、まったく同じ年、同じ内閣(加藤高明内閣)によって制定されました。
入試では、この2つの法律の名前だけでなく、「なぜ同時に作られたのか」という政府の狙いが記述問題の超定番として狙われます。
普通選挙法
長年、民衆が「税金を納めている人だけでなく、みんなに選挙権をくれ!」と叫び続けてきた運動(普通選挙運動)が、ついに実を結びました。
- 内容:税金の金額に関係なく、満25歳以上のすべての「男子」に選挙権が与えられました。
- ここが入試のポイント:明治時代(1890年)の最初の選挙では、「直接国税を15円以上納める25歳以上の男子」しか投票できませんでした。この「納税額の制限」が完全にゼロになったのが、この法律の凄いところです。これにより、選挙で投票できる人の数はこれまでの約4倍に跳ね上がりました。
治安維持法
普通選挙法と同時に、政府はもう一つの恐ろしい法律をこっそり、しかし確実に誕生させていました。
それが「治安維持法」です。
- 内容:天皇を中心とする国の形(国体)を否定する動きや、私有財産を認めない(資本主義を否定する)運動を厳しく取り締まる法律です。
- 背景:隣国のロシアで社会主義革命が成功したため、政府は「日本でも労働者や貧しい人々が団結して、天皇制や資本主義をひっくり返す革命を起こすのではないか」と、もの凄く恐怖を抱いていました。
入試の記述問題で最も差がつくのが、「この2つの法律が同じ年に制定された理由を説明しなさい」という問いです。
「普通選挙によって社会主義の思想が広がるのを防ぐため、取り締まりの法律を同時に用意した」というのが、同じ1925年にセットで作られた本当の理由です。
新しい社会運動と大衆文化の広がり
大正デモクラシーの波は、政治の世界だけでなく、それまで差別や抑圧に苦しんできた人々の意識も大きく変えました。
「自分たちの人権や自由を守ろう」という力強い社会運動が次々と立ち上がり、同時に都市を中心に誰もが楽しめるモダンな大衆文化が花開いたのです。
差別や抑圧との戦い(社会運動)
入試では、運動を始めた「人物」や「組織の名前」、そして歴史的に有名な「宣言のフレーズ」の組み合わせが非常によく狙われます。
① 女性の地位向上を目指した運動:平塚らいてう
いまだ女性の権利が著しく制限されていた時代に、女性の解放を叫ぶ運動が本格化しました。
- 青鞜社:1911年、平塚らいてうらが結成した文芸団体です。彼女たちが発行した雑誌『青鞜』の創刊号に載った、「元始、女性は実に太陽であった」という言葉はあまりにも有名です。女性が本来持っていた輝きを取り戻そうというこの叫びは、その後の女性運動の原点となりました。
② 部落差別の解消を目指した運動:全国水平社
明治時代に「解放令」が出された後も、世間には根深い部落差別が残っていました。
これに対し、当事者たちが自らの力で平等の勝ち取りを目指しました。
- 1922年の結成:京都で「全国水平社」が結成され、差別に立ち向かう運動がスタートしました。創立大会で読み上げられた水平社宣言の締めくくり、「人の世に熱あれ、人間に光あれ」という美しいフレーズは、人権の尊さを訴えるものとして入試の史料問題でも頻出です。
都市を中心に広がった「大正文化」の特徴
明治時代までの文化は、一部のお金持ちや知識人だけのものでした。
しかし大正時代になると、印刷技術の発達やメディアの登場により、一般の「多くの人々(大衆)」が同じように楽しむ大衆文化へと進化します。
- 1925年:ラジオ放送の開始
新聞に加えて、音声をリアルタイムで全国に届けるラジオ放送が始まりました。これにより、ニュースや娯楽が一気に家庭へと広まることになります。 - 「円本」の流行
1冊1円(当時の感覚でいうと、ちょっと贅沢なランチ数回分くらいの手頃な価格)で買える世界文学全集などのシリーズ本が大ヒットしました。これにより、普通の労働者や学生でも気軽に本を読んで知識を蓄えられるようになりました。
「1925年」の3点セット
前の章で勉強した【普通選挙法】と【治安維持法】。これに、この章で出てきた【ラジオ放送の開始】を加えた3つは、すべて「1925年」の出来事です。 入試の並び替え問題や年号問題で「1925年に起きたこととして間違っているものを選べ」といった形で狙われます。
まとめ
大正時代はわずか15年ほどの短い期間ですが、中身が非常に濃く、入試では「並び替え問題」や「原因・結果の説明」の宝庫となっています。
この時代を攻略する最大のコツは、バラバラの暗記を捨てて、「同じ年に起きた出来事の横のつながり」を意識し、1本のストーリーとして頭の中で再生できるようにすることです。
大正時代は「民衆のエネルギーが爆発した時代」です。
主婦が米屋に詰め寄り、人々が選挙権を求めて叫び、女性や差別をなくそうと立ち上がった。
そんな人々のエネルギーの「原因と結果」を意識しながら、もう一度キーワードを見直してみてくださいね。
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