\ 無料で体験できます /

前回の復習

1945年8月15日。
長かった戦争が終わりを告げたとき、日本の主要な都市は空襲によって焼け野原となり、人々は日々の食べ物にも困るどん底の状況にありました。
絶望的な状況からのスタートでしたが、日本はそこから見事な復活を遂げます。
戦争への道を突き進んだ国から、平和で民主的な国へと生まれ変わり、やがて「高度経済成長」と呼ばれる奇跡的な経済発展を遂げていくのです。
6年生の後半に駆け足で学習することが多いため、「覚えるヒマがないまま入試本番を迎えてしまった!」「公民の知識とごっちゃになって解けない!」と、ここで点数を落としてしまう受験生が後を絶ちません。
しかし、この時代のストーリーと因果関係をマスターすれば、入試で頻出する「日本国憲法や戦後改革に関する記述問題」や、「昭和後期の外交・経済の並び替え問題」で間違えることはありません。
モコスタ責任者
小暮 真也

大学卒業後、大手進学塾にて25年以上にわたり中学・高校受験指導に従事。
圧倒的な指導実績と、海外7カ国での帰国生入試対策という独自のキャリアを持つ、受験対策のスペシャリスト。
主な実績・経歴
難関校合格実績: 男女御三家、早慶付属中高など、超難関校への合格者を多数輩出。
グローバル指導: 海外7カ国にて駐在員子女を対象とした帰国生入試指導を歴任。
キャリア: 25年以上の指導歴で培ったノウハウを「モコスタ」に全投入し、受験生を第一志望校合格へと導く。
\お近くの教室を見つける/
GHQによる占領と戦後改革:二度と戦争をさせない国へ

1945年に戦争が終わると、日本は外国の軍隊によって占領されるという、歴史上初めての経験をすることになります。
敗戦の混乱の中、日本を「二度と戦争を起こさない、自由で民主的な国」に変えようとしたのが、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)です。
GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)とマッカーサー
アメリカを中心に結成されたGHQのトップ(最高司令官)として着任したのが、マッカーサーです。
民主化のための3大改革
マッカーサーは、軍国主義の根っこを絶ち切り、日本を民主化するために次々と社会の仕組みをリセットしていきました。
中でも中学入試で最も狙われるのが以下の改革です。
① 農地改革(のうちかいかく)
それまでの日本の農村では、広い土地を持つ「地主」が、土地を持たない「小作人」に高い小作料を払わせて働かせるという貧しい構造が続いていました。貧しさは社会の不満を生み、軍部暴走の土台になっていたのです。
改革の内容:政府が地主から広い土地を強制的に安く買い上げ、それを小作人に安く売り渡しました。
② 財閥解体(ざいばつかいたい)
三井・三菱・住友・安田など、日本の主要な経済を支配していた巨大な企業グループを財閥と呼びます。GHQは「財閥が政府や軍部と結びついて資金を出し、戦争を裏で支えた」と考えました。
改革の内容:財閥をグループごとに解体して分解し、特定の巨大企業が市場を独占できないようにしました。これにより会社同士の自由な競争が生まれ、のちの高度経済成長を支える下地が作られました。
③ 労働組合の結成促進・教育改革
労働三法の制定:労働者が会社と対等に交渉できるよう、労働組合を作る権利を認めました。
教育改革:軍国主義的な教育(修身や日本歴史の授業など)を一度ストップさせ、教育基本法や学校教育法を制定。現在の「6・3・3・4制」という単一型の学校制度を整え、義務教育を小学校6年+中学校3年の計9年間に延ばしました。
女性の参政権(1945年)
大正時代の「普通選挙法(1925年)」を思い出してください。
あの時は「満25歳以上の男子のみ」で、女性には選挙権が与えられていませんでした。
1945年の歴史的改正:GHQの指導により衆議院議員選挙法が改正され、ついに「満20歳以上のすべての男女」に選挙権が与えられました。
1946年の衆議院議員選挙:日本で初めて「女性も投票できる選挙」が行われ、39名もの初の女性国会議員が誕生しました。
| 「選挙権の歴史」比較まとめ | |
| 明治(1890年) | 直接国税15円以上を納める25歳以上の男子(有権者約1.1%) |
| 大正(1925年) | 25歳以上の男子すべて(納税額の制限撤廃) |
| 昭和(1945年) | 20歳以上の男女すべて(女性の参政権獲得) |
| (補足:平成27年/2015年に「18歳以上」へと引き下げ) | |
GHQによる社会の改革が進む中、これからの日本の土台となる「国家の根本ルール」が新しく作り直されることになります。
日本国憲法の制定:現代日本のルールの誕生

GHQによる改革が進む中、戦後の日本を形づくる最大のプロジェクトが始まります。
それが日本国憲法の制定です。
大日本帝国憲法に代わる新しい憲法は、現在私たちが生きる日本社会の土台であり、歴史分野だけでなく公民分野のテストでもそのまま出題される「超重要ゾーン」です。
日付と祝日のセット
入試では、憲法が「出された日(公布)」と「実際にスタートした日(施行)」のセットが必ず狙われます。
カレンダーの祝日と完全にリンクしているので、必ずセットで覚えましょう。
1946年11月3日:公布
- 国民に「新しい憲法ができました」と発表(お披露目)された日です。
- 祝日:文化の日
1947年5月3日:施行
- 新しい憲法としての効力が実際にスタートした日です。
- 祝日:憲法記念日
日本国憲法の「3大原則」
大日本帝国憲法では「主権は天皇」にあり、国民の権利も「法律の範囲内」という制限つきでした。
これらをガラリと変えたのが、日本国憲法の3大原則です。
① 国民主権
内容:国の政治のあり方を最終的に決める権利(主権)は、天皇ではなく国民にあるという原則です。
天皇の立ち位置の変化:天皇は政治の権利を持たず、「日本国および日本国民統合の象徴(しょうちょう)」と位置づけられました。政治的な仕事(内閣の助言と承認に基づいて行う国事行為など)を行う形式的な存在へと変わったのです。
② 基本的人権の尊重
内容:人が生まれながらに持っている、人間らしく生きるための権利(自由権、平等権、社会権など)を、「侵すことのできない永久の権利」として手厚く保障しています。
明治憲法との違い:明治憲法では「法律の範囲内」でしか認められていなかった権利が、どんな法律によっても奪われない絶対的なものになりました。
③ 平和主義
内容:二度と悲惨な戦争を繰り返さないという強い決意を表した原則で、憲法第9条に詳しく明記されています。
第9条の3大キーワード(記述・穴埋めの超頻出!)
- 戦争の放棄:国権の発動たる戦争や武力による威嚇・行使を永遠に捨てること。
- 戦力の不保持:陸海空軍その他の戦力を保持しないこと。
- 交戦権の否認:国の交戦権を認めないこと。
| 項目 | 大日本帝国憲法 (明治憲法) |
日本国憲法 (現行憲法) |
|---|---|---|
| 主権 | 天皇にある | 国民にある (国民主権) |
| 天皇の立場 | 神聖不可侵で国の元首 | 日本国・国民統合の象徴 |
| 権利の保障 | 法律の範囲内でのみ保障 | 侵すことのできない永久の権利 |
| 戦争・軍隊 | 陸海空軍を率いる (統帥権) |
戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認 |
冷戦の勃発と日本の転換点(1950年代):国際社会への復帰

新憲法のもとで復興へと踏み出した日本ですが、世界では大きな新たな対立が始まっていました。
アメリカを中心とする資本主義陣営と、ソ連(現在のロシアなど)を中心とする社会主義陣営による直接戦わない対立――冷戦です。
1950年:朝鮮戦争と「特需景気」・自衛隊のルーツ
1950年、隣の朝鮮半島で北朝鮮(社会主義)が韓国(資本主義)へ侵攻し、朝鮮戦争が始まりました。
朝鮮特需による経済の急復活 アメリカ軍は日本を補給基地とし、大量の兵器・車両の修理、衣料品や燃料などを日本企業から買い付けました。この特別な需要(特需)によって大量のお金が国内に流れ込み、戦争のダメージで喘いでいた日本経済は一気に息を吹き返しました。
警察予備隊の結成 日本に駐留していたアメリカ軍が朝鮮半島へ出撃したため、日本国内の警備の手が手薄になりました。そこでGHQの指示により、1950年に警察予備隊が結成されます。
- 歴史の変遷(超頻出!):警察予備隊(1950年) → 保安隊(1952年) → 自衛隊(1954年)
1951年:サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約
冷戦が激しくなる中、アメリカは「日本を早く独立させて、アジアにおける資本主義側の強い味方にしたい」と考えを改めました。
1951年、サンフランシスコで平和会議が開かれ、吉田茂首相が歴史的な2つの条約に調印しました。
① サンフランシスコ平和条約
内容:日本が連合国と結んだ講和条約です。これにより、GHQによる占領が終わり、日本は主権を回復(独立)して国際社会へ復帰しました(翌1952年施行)。
注意点:冷戦下だったため、ソ連などの社会主義国はこの条約への調印を拒否しました。
② 日米安全保障条約(日米安保)
内容:サンフランシスコ平和条約と「同じ日」に結ばれた条約です。独立後もアメリカ軍が引き続き日本国内に駐留すること(在日米軍基地の設置)を認め、日本の防衛をアメリカとともに担うことを決めました。
1956年:日ソ共同宣言と国際連合(国連)加盟
サンフランシスコ平和条約にソ連が調印しなかったため、日本とソ連の間には戦争状態の形的な継続と、北方領土問題が課題として残されていました。
また、日本が国際社会の真の仲間入りとなる国際連合(国連)へ加盟しようとしても、常任理事国であるソ連の拒否権発動によって阻まれ続けていたのです。
日ソ共同宣言(1956年) 鳩山一郎首相がモスクワへ飛び、日ソ共同宣言に調印しました。これにより両国の国交が回復し、正式に戦争状態が終了しました。
国際連合への加盟(1956年) ソ連との国交が回復したことでソ連の反対がなくなり、日本はついに国際連合への加盟を果たしました。
高度経済成長とオリンピック
国際社会への復帰を果たした日本は、1950年代半ばから世界を驚かせる猛烈な経済成長の時代へと突入します。
戦争の焼け野原から奇跡の復活を遂げ、人々の暮らしや街の風景が劇的に変化した黄金期です。
高度経済成長
1950年代半ばから1973年までの約20年間、日本は毎年平均で約10%という高い経済成長率を記録し続けました。
世界第2位の経済大国へ:重化学工業(製鉄・自動車・造船など)を中心に発展し、1968年にはGNP(国民総生産)が資本主義国の中でアメリカに次ぐ世界第2位となりました。
生活の変化とインフラ整備
時代の発展段階に合わせて、生活の憧れとなる家電製品(三種の神器・3C)が登場しました。
| 時代 | 流行した家電・製品 | 呼び名 |
|---|---|---|
| 1950年代後半 | 白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫 | 三種の神器(さんしゅのじんぎ) |
| 1960年代後半 | カラーテレビ・クーラー・カー(自動車) | 3C(新・三種の神器) |
1964年:東京オリンピックと東海道新幹線
1964年、アジアで初となる東京オリンピックが開催され、戦後復興を終えて国際社会の第一線に復帰した日本を世界中に強くアピールしました。
- 東海道新幹線の開業(東京〜新大阪)
- 首都高速道路の整備
- カラーテレビの普及が一気に加速
経済成長の「影」:公害問題と石油ショック
急速な工業化と経済の成長は、環境破壊や突然の経済危機といった大きなリスク(影)も引き起こしました。
| 公害病名 | 発生地域 | 原因物質・要因 |
|---|---|---|
| 水俣病 (みなまたびょう) |
熊本県 | 有機水銀(工場排水) |
| 新潟水俣病 (にいがたみなまたびょう) |
新潟県 | 有機水銀(工場排水) |
| イタイイタイ病 | 富山県 | カドミウム(鉱山排水) |
| 四日市ぜんそく (よっかいちぜんそく) |
三重県 | 亜硫酸ガスなど(大気汚染) |
経済の成熟とともに、日本は安定成長・バブル経済、そして激動の平成・令和時代へと進んでいきます。
昭和から平成・令和へ:現代につながる歴史
高度経済成長を遂げた日本は、世界の中でますます大きな役割を担うようになっていきました。
ここでは、入試のラスト1〜2問や、現代社会(公民)の単元と組み合わせて出題されやすい昭和末期から平成・令和への歩みを整理します。
1970年代:沖縄復帰とアジアとの平和外交
1970年代に入ると、戦争の後始末やアジア諸国との関係改善が進みます。
この時期の外交は佐藤栄作首相の時代が超頻出です。
1972年:沖縄復帰
- 太平洋戦争末期に激しい地上戦の舞台となり、戦後もアメリカの統治下に置かれていた沖縄が、ついに日本へ返還されました。
- 佐藤栄作首相は「非核三原則(持たず・作らず・持ち込ませず)」を打ち出し、後にノーベル平和賞を受賞しました。
1972年:日中共同声明
- 田中角栄首相が中国の北京を訪問し、日中共同声明に調印。中国との国交を正常化させました(※1978年には日中平和友好条約を締結)。
1980年代末〜1990年代:バブル経済とその崩壊
1980年代後半、株価や土地の値段が異常に跳ね上がるバブル経済が発生しました。
バブルの崩壊(1990年代初頭)
- 1990年代に入ると、高騰していた株価や地価が一気に暴落(バブル崩壊)。日本は長い景気低迷の時代(「失われた30年」などと呼ばれる)へ突入しました。
元号の変化(1989年)
- 1989年、昭和天皇の崩御にともない、元号が「昭和」から「平成」へと変わりました。
国際社会への貢献と相次ぐ大震災
平成の時代に入ると、自衛隊の海外派遣や、日本国内を襲った巨大地震への対応が大きなテーマとなります。
1992年:PKO協力法の成立
- カンボジアなど、国連の平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣できるようになりました。
1995年:阪神・淡路大震災
- 兵庫県南部を中心とした都市型大地震。この年、ボランティア活動が急速に普及しました。
2011年:東日本大震災
- 東北地方の太平洋沖で巨大地震と津波が発生。東京電力福島第一原子力発電所の事故を引き起こし、日本のエネルギー政策に大きな影響を与えました。
2019年:令和へ
- 天皇の退位にともない、元号が「平成」から「令和」へと改元されました。
まとめ:戦後史の「3大ストーリー」で総仕上げ
GHQによる改革と民主化(1940年代)
- 農地改革・財閥解体・女性参政権・日本国憲法の制定によって、民主的で平和な国の土台が作られた。
冷戦と国際社会への復帰(1950年代)
- 朝鮮戦争(特需)をきっかけに独立(サンフランシスコ平和条約)を果たし、国連加盟によって国際社会へ戻った。
高度経済成長と世界第2位の経済大国へ(1960〜1970年代)
- 東京オリンピックや新幹線の開業、家電の普及によって人々の生活が豊かになり、公害問題や石油ショックを乗り越えて現代へとつながった。
歴史は暗記ではなく「因果関係(ストーリー)」です。
特に戦後史は現代の社会(公民)やニュースとも直結しているため、仕組みや背景が理解できれば、テストで圧倒的な得点源になります。
これで「中学受験・歴史攻略シリーズ」の全時代が完結しました!
一つひとつの時代の「なぜ?」を大切にしながら、自信を持って入試本番に臨んでくださいね。応援しています!
モコスタとは?
モコスタは、経験と実績豊富な講師が中心となり学習指導を行う学習塾です。
補習を中心とした個別指導から、小学1年生から6年生までの本格的な集団指導まで、受験合格に向けたサポートを行います。
| コース/クラス名 | 概要 |
|---|---|
| 個別指導コース | 小学1年生から中学3年生の補習クラス。学校の授業・受験勉強の補習として、オーダーメイド指導で目標を達成します。 |
| アドバンスコース | 小学1年生と2年生を対象に、楽しく学習しながらも主体的に学ぶことを重視している集団指導クラスです。 |
| 中学受験コース | 小学3年生から6年生を対象に、本格的な受験対策を行う集団指導クラスです。 |
個別相談と無料体験会を開催しています
モコスタでは、随時「個別相談」と「無料体験会」を開催しています。
ご相談内容にあわせて、経験豊富な講師陣が丁寧に対応させていただきます。
- 塾の雰囲気を見てみたい
- どんな指導をしているのか教えて欲しい
- 講師に受験に関する相談をしてみたい
どんなご相談でも、お気軽にお申し込みください。