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前回の復習

江戸幕府が成立し、仕組みが完成した後は、いかにして「幕府の立て直し」を図り、そして「時代の変化」に飲み込まれていったのかを追いかけるのが攻略のコツです。
- 三大改革(享保・寛政・天保)の比較:誰が、何のために、何をしたか。
- 田沼意次の政治:改革とは異なる「商業重視」の姿勢。
- 開国と幕末:ペリー来航から、幕府が滅びるまでのスピーディーな展開。
歴史は「変化のきっかけ」を理解すると、丸暗記しなくてもスラスラ解けるようになります。
モコスタ統括マネージャー
小澤 珠美

大学卒業後、大手進学塾で高校受験・中学受験の指導に15年間従事。特に中学受験において、御三家中学をはじめとする超難関校の算数指導・受験対策・保護者のサポートに尽力し、合格実績に貢献。
その後独立してさらなる成果を出し続けモコスタ専属の指導者となる。これまでに蓄積したすべてのノウハウを投入し、モコスタに通う受験生全員の第一志望校合格を全力でサポートする。
著書:『中学受験超成功法「ママは楽しく息を抜く」』ギャラクシーブックス 2017年
共著:『未来を創る〜私たちが選んだ道〜 輝く女性起業家』ブレインワークス 2017年
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幕府を立て直す「三大改革」と田沼の政治
平和な時代が続くと、幕府は深刻な財政難(お金不足)に苦しむようになります。
この危機を救おうとした4人の重要人物と、その政策をまとめます。
| 改革名・人物 | 主な内容 | 受験のポイント |
|---|---|---|
| 享保の改革 徳川吉宗(8代) |
・上げ米の制 ・目安箱の設置 ・公事方御定書 |
「米将軍」と呼ばれる。幕府財政を再建した最初の大きな改革。 |
| 田沼意次の政治 (老中) |
・株仲間の奨励 ・印旛沼の干拓 ・長崎貿易拡大 |
商業重視。「賄賂」というキーワードとセットで出やすい。 |
| 寛政の改革 松平定信(老中) |
・囲米 ・棄捐令 ・昌平坂学問所 |
吉宗の孫。田沼の政治を否定し、朱子学以外を禁止する厳しい内容。 |
| 天保の改革 水野忠邦(老中) |
・株仲間の解散 ・人返しの法 |
物価上昇を抑えようとしたが失敗。激しい抵抗を受けて短期間で終了。 |
享保の改革:八代将軍・徳川吉宗
「米将軍」と呼ばれ、武士に質素・倹約を求めました。
- 上げ米の制:大名に米を献上させる代わりに、参勤交代の江戸滞在を半年間に短縮した。
- 公事方御定書:裁判の基準を定め、公平な裁判が行われるようにした法律。
- 目安箱:庶民の意見を聞く箱。これにより小石川養生所(貧しい人のための病院)などが作られた。
田沼意次の政治(老中)

他の3人と違い、お米ではなく「商人の活動」に注目してお金を稼ごうとしました。
- 株仲間の公認:商人の組合を認め、営業税(運上・冥加金)を取った。
- 長崎貿易の拡大:銅や俵物(干しアワビなど)を輸出して、金銀を入れようとした。
寛政の改革:老中・松平定信
吉宗の孫。
田沼の政治を否定し、非常に厳しい政治を行いました。
- 囲米:ききんに備えて、各地の大名に米を蓄えさせた。
- 棄捐令:旗本・御家人の借金を帳消しにした。
- 寛政異学の禁:聖堂学問所(のちの昌平坂学問所)で、朱子学以外の講義を禁止した。
天保の改革:老中・水野忠邦
他の改革を真似しましたが、厳しすぎてわずか2年ほどで失敗に終わりました。
- 株仲間の解散:上がった物価を下げるために組合を解散させたが、かえって流通が混乱した。
- 人返しの法:江戸に流入した農民を強制的に村へ帰し、農業をさせようとした。
「株仲間」の扱いに注目!
- 奨励・公認したのは? → 田沼意次
- 解散させたのは? → 水野忠邦(天保の改革)
借金帳消し(棄捐令)は「寛政の改革」だけ!
- 旗本や御家人の生活を助けるために出されました。
記述対策「上げ米の制」の交換条件は?
- 「米を出す代わりに、参勤交代の江戸滞在を1年から半年に短縮した」と答えられるようにしましょう。
開国と揺れる幕府
江戸幕府が守り続けてきた「鎖国」の壁に、最初にひびを入れに来たのはアメリカではなく、北のロシアでした。
ペリー以前の外圧(ロシアとイギリス)
- 1792年:ラクスマンが根室(北海道)に来航
-
ロシアの使節ラクスマンが、漂流民の大黒屋光太夫を連れて根室にやってきました。幕府に国交を求めましたが、幕府はこれを拒否しました。
- 1804年:レザノフが長崎に来航
-
ロシアの使節レザノフが、正式な通商を求めて長崎にやってきました。しかし幕府は半年以上待たせた挙げ句、これも拒絶。怒ったロシア軍が北方で暴れる事件も起きました。
- 1808年:フェートン号事件
-
イギリスの軍艦(フェートン号)が、敵対するオランダ船を追って長崎に不法侵入した事件。幕府は外国船への警戒を強めることになります。
- 1825年:異国船打払令
-
外国船を見つけ次第、理由を問わず砲撃して追い払うという厳しい法令を出しました。
1853年:ペリー来航(浦賀)

アメリカの東インド艦隊司令官ペリーが、4隻の黒船(蒸気船)を率いて神奈川県の浦賀に現れました。
幕府は翌1854年に、ついに開国へと踏み切ります。
- 1854年:日米和親条約
-
内容:下田(静岡)と函館(北海道)の2港を開港。
ポイント:鎖国が終わりましたが、まだ「貿易」は始まっていません。
- 1858年:日米修好通商条約
-
大老の井伊直弼が、天皇の許可を得ないまま独断で結んだ条約です。
- 開港した5つの港:函館・神奈川(横浜)・兵庫(神戸)・長崎・新潟
- 不平等な内容(記述で出る!)
- 領事裁判権(治外法権)を認める:日本で罪を犯した外国人を、その国の領事が裁くこと。
- 関税自主権がない:日本が輸入品に税金を自由にかけられないこと。
安政の大獄と桜田門外の変
安政の大獄:井伊直弼が、条約に反対した吉田松陰らを処罰しました。
桜田門外の変:1860年、反対派の元武士たちが、江戸城の門前で井伊直弼を暗殺。幕府の力は急速に衰えていきます。
幕府の滅亡(幕末の動乱)

「開国」によって幕府の力が弱まると、地方の有力な藩が「天皇(朝廷)」を立てて、新しい国を作ろうと動き始めました。
1866年:薩長同盟
もともと仲が悪かった薩摩藩(鹿児島県)と長州藩(山口県)が、幕府を倒すために手を結びました。
西郷隆盛・大久保利通= 薩摩藩
木戸孝允= 長州藩
坂本龍馬= 土佐藩。両者の仲立ち(仲裁)をした人物。
1867年:大政奉還
十五代将軍・徳川慶喜が、政権を朝廷(天皇)に返した出来事です。
- 場所:京都の二条城
- 目的(記述重要!):幕府を武力で倒そうとする薩摩・長州に「戦う理由」を失わせ、徳川家が新しい政府の中でも力を持とうとしたから。
1867年:王政復古の大号令
大政奉還の直後、岩倉具視や薩長勢力が、「これからは天皇を中心とする新しい政治を行う!」と宣言しました。
これにより、徳川家の政治参加が否定されました。
1868年:戊辰戦争
新政府軍(薩長中心)と、それに納得しない旧幕府軍との間で行われた内戦です。
- 京都(鳥羽・伏見の戦い)から始まり、江戸城無血開城を経て、最後は北海道の函館(五稜郭の戦い)で新政府軍が勝利し、幕府側は完全に敗北しました。
- 勝海舟(幕府側)と西郷隆盛(新政府側)の話し合いにより、江戸の町を火の海にせず平和的に明け渡した「無血開城」は超頻出です。
「坂本龍馬」の立ち位置を正確に!
- 彼は薩摩の人でも長州の人でもありません。「土佐藩(高知県)」の出身で、あくまで「仲介役」です。入試の選択肢で藩を入れ替えてくることがあるので注意しましょう。
「大政奉還」と「王政復古の大号令」の違い
- 大政奉還 = 幕府(慶喜)からの「返します」というアクション。
- 王政復古の大号令 = 朝廷(新政府)からの「幕府をなくして新体制を始めます」という宣言。 この主体の違いを明確に。
無血開城のペア
- 江戸城を戦わずに開けたのは「勝海舟」と「西郷隆盛」の会談によるものです。この二人の組み合わせは人物名問題でセットで出ます。
まとめ
江戸幕府が260年以上続いた支配を終えた理由は、「国内の経済的な限界」と「外国からの圧力」という2つの波に、これまでの仕組みが耐えきれなくなったからです。
- 政治の立て直し(三大改革と田沼)
- ペリーの来航と開国
- 薩長同盟から大政奉還へ
この3つを整理しながら覚えることが重要です。
明治維新後の、政治・外交について見ていく前に、江戸時代の庶民の暮らしや、文化を確認する必要があります。
そのため、次回は「江戸の暮らしと二大文化(元禄・化政文化)」を確認していきます。
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| コース/クラス名 | 概要 |
|---|---|
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| アドバンスコース | 小学1年生と2年生を対象に、楽しく学習しながらも主体的に学ぶことを重視している集団指導クラスです。 |
| 中学受験コース | 小学3年生から6年生を対象に、本格的な受験対策を行う集団指導クラスです。 |
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