「中学受験・歴史攻略シリーズ⑤」室町時代~足利氏の栄華と乱れる世の中~

前回の復習

鎌倉幕府が滅亡し、舞台は再び京都へ。

室町時代は約240年続く「激動と文化」の時代です。

  • 前半:足利義満の全盛期 二人の天皇が並び立つ南北朝の動乱を終わらせ、武士と貴族の文化が融合した華やかな時代。
  • 後半:応仁の乱と下剋上 将軍の跡継ぎ争いから応仁の乱が勃発。幕府の力が弱まり、実力者が上の者を倒す下剋上の風潮から戦国時代へと突入します。
中学受験の重要ポイント
  • 二人の将軍比較:全盛期の足利義満(金閣)と、わび・さびの足利義政(銀閣)。
  • 外交と経済日明貿易(勘合貿易)のしくみと、民衆の力(一揆)。
  • 現代へのルーツ:和室の原型となった書院造などの東山文化。

暗記だけでなく「なぜ幕府の力が弱まったのか?」「現代の生活にどうつながるのか?」という背景を意識して攻略していきましょう!

本記事の監修者

モコスタ統括マネージャー
小澤 珠美

小澤珠美

大学卒業後、大手進学塾で高校受験・中学受験の指導に15年間従事。特に中学受験において、御三家中学をはじめとする超難関校の算数指導・受験対策・保護者のサポートに尽力し、合格実績に貢献。
その後独立してさらなる成果を出し続けモコスタ専属の指導者となる。これまでに蓄積したすべてのノウハウを投入し、モコスタに通う受験生全員の第一志望校合格を全力でサポートする。
著書:『中学受験超成功法「ママは楽しく息を抜く」』ギャラクシーブックス 2017年
共著:『未来を創る〜私たちが選んだ道〜 輝く女性起業家』ブレインワークス 2017年

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目次

鎌倉幕府の滅亡から建武の新政へ

室町時代を理解するためには、まず鎌倉幕府がどのように終わり、その後どのような政治が行われたかを知る必要があります。

鎌倉幕府の滅亡(1333年)

元寇後の借金や恩賞不足に苦しんでいた御家人たちの不満を背景に、後醍醐天皇が幕府を倒そうと計画します。

  • 足利尊氏:幕府の有力御家人でしたが、天皇側に寝返り、京都の六波羅探題を攻め落としました。
  • 新田義貞:同じく天皇側として、幕府の本拠地である鎌倉を攻め落としました。 これにより、140年続いた鎌倉幕府は1333年に滅亡しました。

建武の新政

幕府を倒した後醍醐天皇は、それまでの武士の政治を否定し、天皇が直接政治を行う「建武の新政」を始めました。

しかし、この政治はわずか2年ほどで失敗に終わります。

中学受験の重要ポイント

建武の新政はなぜ失敗したのか?

中学受験では、この「失敗の理由」が記述問題などでよく問われます。

  • 公家(貴族)を重視しすぎた: 恩賞や役職が貴族にばかり与えられ、実際に命をかけて戦った武士たちが冷遇されたため。

結果: 武士たちの期待を裏切ったことで、彼らは再び足利尊氏をリーダーとして担ぎ上げ、後醍醐天皇に反旗を翻すことになりました。

南北朝時代と幕府の成立

建武の新政に失敗した後、日本は二人の天皇が並び立つ異例の時代に突入します。

南北朝の対立と幕府の誕生

後醍醐天皇と対立した足利尊氏は、別の天皇を立てて京都に北朝を開き、1338年に征夷大将軍となって室町幕府を成立させました。

一方、後醍醐天皇奈良の吉野へ逃れて南朝を開き、約60年にわたる全国的な内乱(南北朝の動乱)が続きました。

幕府のしくみ

組織名役割ポイント
将軍幕府の最高権力者足利氏が代々世襲。京都の花の御所で政治を行う。
管領将軍を補佐鎌倉幕府の「執権」にあたる
侍所御家人の統制、軍事・京都の警備長官は有力な四家(赤松・一色・山名・京極氏)が務める
政所幕府の一般政務と財政室町時代は主に財政が中心
問注所記録の管理・保存鎌倉時代にあった裁判機能は縮小

幕府の拠点が鎌倉から京都に移ったことにより、地方組織も変更。

組織名役割ポイント
鎌倉府関東地方を統治する長官は鎌倉公方(将軍の親戚)が務めた
守護各国に置かれ、軍事・警察・徴税任地の土地や武士を支配する力が強まり、守護大名へと成長

守護大名の台頭:単なる役人だった「守護」が、その国を丸ごと支配する「大名」になったことが、のちの戦国時代へつながります。

三代将軍・足利義満の全盛期

幕府の力を最も強め、全盛期を築いたのが三代将軍の足利義満です。

足利義満の主な功績・やったこと
  • 南北朝の合一
  • 日明貿易(勘合貿易)
  • 花の御所の建設
  • 鹿苑寺/金閣

南北朝の合一
約60年続いていた北朝(京都)と南朝(吉野)の対立を終わらせ、国内を統一しました。

日明貿易(勘合貿易)
倭寇
という海賊と区別するため、勘合という札を使用したのがポイントです。
輸入品:銅銭・絹織物など 輸出品:刀剣・工芸品など

花の御所の建設
京都の室町に豪華な邸宅を建て、そこで政治を行いました。「室町幕府」という名前の由来です。

鹿苑寺/金閣
義満が京都の北山に建てた別荘で、北山文化の象徴です。

民衆の勢いと戦乱の幕開け

室町時代の中期を過ぎると、将軍の力が弱まる一方で、自分たちの生活を守ろうとする民衆の力が強まり、各地で激しい争いが起こるようになります。

民衆の団結と一揆

農業や商業が発達したことで、農民や町人たちが団結し、幕府や守護大名に対して自分たちの要求を突き通そうと立ち上がりました。

出来事年代ポイント
正長の土一揆1428年近江(滋賀県)の馬借が中心。
借金の帳消し(徳政)を求めて酒屋や土倉を襲った。
山城の国一揆1485年山城(京都府)の武士と農民が団結し、守護大名を追い出して8年間自治を行った。
加賀の一向一揆1488年浄土真宗(一向宗)の信徒が守護大名を倒し、約100年にわたり自治を行った。

応仁の乱

幕府の力が決定的に衰える原因となった、日本を二分する大きな戦いです。

中学受験の重要ポイント
  • 原因: 将軍の跡継ぎ争い。
  • 対立図: 有力な管領である細川氏(東軍)と山名氏(西軍)に分かれて衝突。
  • 経過: 戦いの舞台となった京都は焼け野原になり、戦乱は11年間も続きました。
  • 結果: 将軍や幕府の権威は完全になくなり、自分の力だけで領地を支配する戦国大名が登場するきっかけとなりました。

下剋上の世の中へ

応仁の乱のあとの日本は、実力のある者が上の者を打ち負かし、のし上がっていく「下剋上」の風潮が強まりました。

下剋上とは?

「下の者が上の者を実力で倒すこと」を指します。 これにより、かつての「守護大名」に代わり、実力で領国を治める「戦国大名」が各地に現れ、時代は戦乱の戦国時代へと突き進んでいきます。

産業と経済の発達

室町時代は、農業の技術が向上し、物を作って売る「商業」が大きく発展した時代です。

私たちの今の生活につながる経済の仕組みが整い始めました。

農業の発展

農業技術が進み、一度の収穫量が増えたことで、農民の生活にゆとりが生まれました。

  • 二毛作の普及: 鎌倉時代に西日本から始まった「米の収穫後に麦を作る」二毛作が、全国的に広がりました。
  • 農業技術の向上:水車を利用した灌漑(かんがい)や、牛や馬に農機具を引かせる「牛馬耕」、人糞や草木灰などの肥料の使用が一般化しました。

商業と交通の活発化

農業の余剰産品を売買するために、商業が非常に盛んになりました。

  • 定期市の増加: 月に3回開かれる「三斎市(さんさいいち)」から、回数が増えた「六斎市(ろくさいいち)」へと発展し、各地で賑わいました。
  • 座の結成: 商人や手工業者が作った同業者組合です。貴族や寺社に税(役料)を払う代わりに、独占して販売する権利を得ました。
  • 問:港や交通の要所に置かれ、商品の輸送や保管、卸売りを行う業者です。(鎌倉時代の「問丸」が発展したもの)
  • 土倉・酒屋: 高い利息でお金を貸す「金融業者」です。幕府の大切な税源(収入源)にもなりました。

貨幣の使用

この時代、日本独自の貨幣は作られず、日明貿易などで輸入された中国の貨幣が流通しました。

  • 明銭: 永楽通宝などの明の銅銭が全国で使われ、貨幣経済が浸透しました。
中学受験の重要ポイント

二毛作」「」」はセットで覚えましょう。また、お金を貸す「土倉・酒屋」が襲われたのが、「土一揆」です。経済の発展と民衆の不満は表裏一体の関係にあることを理解しておきましょう。

鎌倉時代と室町時代の違いを表で確認

項目鎌倉時代室町時代
二毛作西日本から始まる全国へ広がる
定期市月3回月6回
貨幣宋銭明銭
組合座が作られ始める座が発達する

室町文化(北山文化と東山文化)

室町文化の最大の特徴は、「武士の力」と「貴族の教養」が融合したことです。

また、禅宗の影響を強く受け、現代の日本人の生活(畳や障子など)のルーツがこの時代に完成しました。

中学受験では、三代将軍・義満の時代の「北山文化」と、八代将軍・義政の時代の「東山文化」を比較する問題が非常によく出題されます。

北山文化

  • 時期:三代将軍足利義満の時代(14世紀末)
  • 特徴:華やかで、武家文化と公家文化が混ざり合っている
  • 代表的建築:鹿苑寺金閣 1階が貴族風の寝殿造(しんでんづくり)、2・3階が武士・禅宗風の造り
  • 能:観阿弥・世阿弥の親子が、田楽や猿楽を芸術性の高い能へと高め、義満の保護を受けました。また、能の合間に演じられる喜劇の狂言も発達しました

東山文化

  • 時期:八代将軍足利義政の時代(15世紀後半)
  • 特徴:禅宗の影響を受け、「わび・さび」(簡素で落ち着いた美しさ)を重んじる。現代の日本文化の基礎
  • 代表的建築:慈照寺銀閣 義満の金閣にならって建てられたが、より落ち着いた雰囲気
  • 書院造:銀閣の東求堂に見られる建築様式。畳、障子、ふすま、床の間など、現在の「和室」の原型となりました

この時代のその他の文化・芸術

  • 水墨画:墨一色の濃淡で描く絵画。中国(明)に渡って修行した雪舟が、日本独自の水墨画を完成させました。
  • 茶の湯・生け花:禅宗の影響を受け、精神性を重んじる文化として定着しました。
  • 御伽草子:『一寸法師』や『浦島太郎』など、絵入りの物語。庶民の間で親しまれました。

北山文化と東山文化を表で確認

項目北山文化東山文化
将軍足利義満(3代)足利義政(8代)
キーワード華やか・公家との融合わび・さび・禅宗の影響
建築金閣(鹿苑寺)銀閣(慈照寺)
住宅様式寝殿造+禅宗様書院造(和室のルーツ)
人物観阿弥・世阿弥雪舟

まとめ

室町時代は、「三代・足利義満」と「八代・足利義政」を対比させる問題が本当によく出ます。

「金閣・北山文化・日明貿易・南北朝合一 = 義満」
「銀閣・東山文化・応仁の乱・書院造 = 義政」

この2つのグループを頭の中でしっかり切り分けておくだけで、失点を大きく防げます。

次回は「戦国時代・安土桃山時代」を確認していきましょう。

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